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国際理解の講演会を開きました

P101055210月23日(水)、2年生の総合的な学習の時間に、国際理解について学ぶ講演会を開きました。講師は、青年海外協力隊員として、トンガ王国に派遣され、幼児教育の分野で活動された、土屋勇気さんです。

 

講演は、トンガ語による自己紹介から始まり、トンガの自然や人々の暮らしぶり、踊りの発表会に向けて練習をする子供たちの様子などについて、多くの写真を使って分かりやすくお話してくださいました。

また、土屋さんがトンガから持ち帰った貴重な品々の紹介やほら貝を実際に吹いてみるなどの体験もあり、トンガについての具体的なイメージをつかむことができました。

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土屋さんは、「自分がしたいと思うことに情熱をかけて、いつまでもいつまでも夢を持ち続けてほしい」「いろいろな国の文化や風習など、”違い”に興味をもってほしい」というメッセージを私たちに伝えてくださいました。

とても楽しく、あっという間に1時間が経ってしまいました。お忙しい中講演していただいた土屋さんに厚くお礼申し上げます。「マロ(malo)!」(土屋さんに教えていただいた、トンガ語の「ありがとう」)

 

3年生が消費者講座を受講しました

10月10日(水)、3年生がLHRの時間に消費者講座を受講しました。

講師にお招きしたのは、中国労働金庫岡山支店の中田圭祐さん。クイズも交えて消費者としての知識を分かりやすくお話ししていただきました。フィッシングやキャッチセールスなどの悪質商法の被害者にならないためには、あいまいな返答をしないことや個人情報を安易に知らせないこと、なにより冷静に対応することが大切だと教えてくださいました。

あと数ヶ月で、3年生の多くが社会人となります。悪質商法の被害者とならないよう、今日の講座で学んだ知識を活かしてほしいと思います。

中田先生、貴重なお話をありがとうございました。

 

1・3学年が講演会を実施

 1月18日(水)の6校時、LHRの時間を使って、1・3学年がそれぞれ講演会を実施しました。
 1学年は、小体育館において、川崎医療福祉大学医療福祉学部臨床心理学科 保野 孝弘 教授をお招きして、「眠りの脳科学 君の力を伸ばす 眠りの生活習慣は コレだ! チェック!チャレンジ!チェンジ!」と題して、ご講演いただきました。
   ・生活習慣、特に「睡眠習慣」が能力発揮に与える影響
   ・眠りと目覚めのリズムと脳の働き
   ・25時間体内時計を24時間にする生活習慣
   ・良い生活・睡眠習慣と朝日・朝食・運動の役割
   ・良いリズムで記憶力・学力・魅力向上
などについて、楽しくお話していただき、生徒は熱心に耳を傾けていました。生徒の今日からの生活習慣の改善、能力発揮に役立つことと思います。
 3学年は、体育館において、中国労働金庫岡山支店から 中田 圭祐 氏をお招きし、「高校生のための消費者講座」と題して、ご講演いただきました。
   ・金銭にまつわる契約とそのトラブル
   ・各種カード・ローンの基礎知識
   ・ヤミ金融・多重債務・自己破産・悪質商法
   ・生年月日は安易に他人に知らせない
   ・8日以内ならクーリングオフ
   ・買い物は現金で
   ・社会人になったら、お金の計画を含めたライフプランを作ろう
などについて、丁寧にわかりやすくお話しをしていただきました。間もなく社会に出て行く3年生にとって、大変ためになるお話でした。

1学年

1学年

3学年

3学年

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「キャリアライフ講演会」を実施しました

 12月7日(水)5・6校時(または5校時)、「総合的な学習の時間」で、各科別に「キャリアライフ講演会」を実施しました。下のように、各科で希望内容に沿った経験をお持ちの方を講師にお招きし、ご講演いただきました。生徒はまた新しい世界を知り、希望と意欲を高めることができたことと思います。

講師氏名 所    属   ・   職 演    題
機械科 延原 由起 日本ゴア株式会社ポリマーサイエンスセンター             総務課人事担当 企業が求める人材と高校時代に身につけておくべきこと
土木科 真木 茂 岡山科学技術専門学校 昭和町校舎副校長 土木の現状とその魅力について
化学工学科 西田 隆夫 おかやま若者就職支援センター 若者就職コーディネーター 若者の利点と将来の目標設定について
デザイン科 時岡 和雄 株式会社ベーシックプロダクト 代表取締役 デザインは経済マーケット活動で寄与貢献する モノ:コトの総合的価値創出設計
建築科 城市 一成 株式会社開成建設 代表取締役 勤労観や職業観を身につける
情報技術科 筒井 徹也 (有)エヌティ・クリエイトチーフプランナー               岡山県民講座ももたろう塾 企画運営委員兼講師         倉敷芸術科学大学産業科学技術学部観光学科 非常勤講師 社会人としての自覚
電気科 岡本 大輔 社団法人倉敷青年会議所 理事長                  十合物産株式会社 取締役 自らの壁を壊し、この倉敷(まち)に尽くそう

情報技術科



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1年「進路講演会」、2年「進路ガイダンス」を実施

 11月16日(水)、保護者対象授業公開の後、1・2学年は進路に関する学習を、保護者も参加して実施しました。
 1年生は、6校時に体育館で、「キャリア就職支援塾」の就職アドバイザーの方から、「高校生の成功哲学」と題してのご講演をいただきました。
 2年生は、5校時に就職・進学希望別に、本校の進路担当教員の説明を聞きました。その後6校時終了まで、就職希望者は7教室に分かれて、専門学校の講師による面接練習または公務員講座に取り組み、進学希望者は希望ごとに、約40校の大学や専門学校の講師から個別にお話しを聞きました。
 ともに進路の意識付けの良い機会になったことと思います。

1年進路講演会

進学希望者個別会場

進学希望者への説明

就職面接練習

就職面接練習

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2学年が「国際理解」をテーマに講演会を実施

 10月26日(水)の5校時、「総合的な学習の時間」の一環として、第2学年が「国際理解」についての講演会を、本校体育館において実施しました。
 講師には、岡山国際交流協会運営委員、こくさいこどもフォーラム岡山会長等としてご活躍の 今西 通好 氏をお招きし、「世界と日本~多文化社会にどう向き合うか~」と題してご講演いただきました。おもな内容は次のとおりです。
  1 国際化とは何かを考えよう
    ・私と外国との出会い
    ・世界の中の日本、アジアの中の日本
  2 外から見た日本人
    ・経済発展だけでいいのか
    ・日本の常識は世界の非常識
  3 日本人のなすべきこと
    ・日本人が世界で果たすべき役割は
    ・もっと日本を知り世界を知ろう
 生徒からは、「印象に残った言葉は『もっと人の役に立つ人間になれ』です。僕たちは工業高校生なので、将来は技術職に就くと思います。そのときはこの言葉を思い出して頑張ろうと思います」などの感想が寄せられました。世界の中の日本人として活躍する人が出てきてくれることを期待しています。

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2年生対象に人権講演会を実施

 9月14日(水)の5・6校時、残暑厳しい日でしたが、本校体育館において2年生を対象に、「総合的な学習の時間」の一環として「人権講演会」を実施しました。
 講師に、「岡山県バリアフリーアドバイザー」で、ご自身が視覚障害者の 柴田 富夫 さんをお迎えし、「障害者からものづくりへのメッセージ」と題してご講演いただきました。
 お話では、目の不自由な人が最も必要としているのは、安全に目的地へ到着すること、一つでも多くの情報を得ることで、街中で白い杖や盲導犬を見たらぜひ声をかけて、何かできることはないか聞いてみてほしいと訴えられました。また、普段私たちが気づかない、視覚障害者から見た街中の信号や歩道、車などについての工夫や改善点を示していただき、バリアフリーやユニバーサルデザインの観点から、今後のものづくりに取り組む上で大いに役立つものとなりました。

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映画監督の五十嵐氏が 本校生徒に「国吉 康雄」を紹介

岡山市出身の著名な洋画家「国吉 康雄」(1889~1953年)は、本校に在籍したことがあり、本校ピロティーに氏の作品を展示しています。新聞等ですでに紹介されましたように、近々氏の生涯の映画化が計画されており、また作品の展覧会も岡山県立美術館で始まっています。
7月19日(火)、終業式の前に短時間でしたが、映画化を企画されている 五十嵐 匠 映画監督が、生徒にとっては先輩になる「国吉 康雄」を紹介し、生徒を熱く激励してくださいました。
お話は、国吉のおいたちに始まり、アメリカでの波乱に満ちた生活や反戦の作品などにも及びました。「国吉をはじめ岡工の先輩の生き様から学んでほしい」、「狭い心を持つな、心を開け、可能と思うことをやってみよ」、「日本という狭い世界でなく、でっかく物事を考えよ」など、心に響く言葉で生徒を激励してくださいました。生徒たちは、身近に接することの少ない映画監督の熱のこもったお話に聞き入っていました。五十嵐監督のお話に勇気をもらい、新世界へ開眼された生徒が出てくれることを期待しています。

 国吉 康雄 氏 ・・・ 洋画家 1989年~1953年
岡山県岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町一丁目)出身。1904年岡山工業学校(現・岡山工業高等学校)染織科第3期生として入学、1906年17歳の時、岡山工業学校を中退して単身アメリカに渡り、働きながらロサンジェルス、ニューヨークの美術学校で絵画を学ぶ。1920年代より独自のスタイルを確立し、アメリカ画壇で活躍する。
戦前戦後を通じ、アメリカを代表する画家の一人として名声を博し、1952年ヴェネチアビエンナーレ展にアメリカ代表4作家の1人として選ばれた。

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